今日は刺繍とは関係のないはなし。
私はもうアラカンに数年…という年齢。
若い方には想像もつかないでしょうけれど、50歳を過ぎたころから、春の桜を見ては、
“あと何回見られるんだろうか”と思うようになったりするものです。
まだ小さな子供の頃、
自分がこの世からいずれいなくなることを意識してしまって、
ブラックホールに引っ張り込まれるように、とっても怖いことだと感じてた。
また考えると暗闇に引きずり込まれるから、その思考のスイッチを触らないように生きていた。
子供を産み、この子たちが小さいころは、”この子たちが二十歳になるまでは、健康でいなければ”と思い、
三十代で父を亡くしてからは、父の病院嫌いを自分の戒めとして、健康診断を受けるようになった。
四十代前に、仕事を外でするようになって、真面目に頑張ってた。
勝手にやり甲斐を背負いこんで、それをこなすことに自分の意味を感じていたのかもしれない。
でも、数年前、ストンと天から言葉が落ちてきたかのように、”仕事を辞めよう”と思った。
なんの当てもないのに、辞めることには不思議なくらい迷いがなかった。
それからは、数年前から没頭していた刺繍を思う存分する毎日が始まった。
正確には、刺繍を自分の中の中心に置きながら、いろんな事を感じながら生きる毎日が始まった。
朝焼けがこんなに美しいんだ。
部屋の窓から見える桜の木のつぼみで、少しずつ木の色がかわってくる様子や、桜の葉が紅葉するなんて知らなかった。
二度と見られない今日の空、夕焼け。
ちょっと外に出ると、いつも通ってた道にも新しく目に入るものに驚き、
今日の一日を、自分でどう生きるか決めることも、新鮮だった。
でも、
有名人が亡くなったニュースなどが流れると、自分との年齢差を計算してしまう。
昨日報道が流れた高橋幸宏さんは70歳。私との年齢差は、十年ちょっと。。。
『明日は必ず来る』
そんなの当たり前と思っていた事に、ちょっとブルッとしてしまった。。。
やっぱり時間は有限。人生はいつか終わる。
今日は刺繍とは関係のないはなし、と書き出したものの、
時間を大事にしないといけない…と思うと、全く関係ないわけでもなく、
好きな事、やりたいことをやろう、それは刺繍だ、
と改めて強く思ったのでした。
こちらは去年の今日、手にしてたオーガンジー刺繍の本。
とっても繊細なオーガンジー刺繍で、その世界観に引き込まれました。
去年は本を見ながら実際に作ってみたりしました。
自分の琴線に触れる作品をこれからもどんどん作ってみたい。
そして、自分の中から新しいものを創り出してみたい。
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